瞑想6年してたら、引き寄せの感覚がわかってきた。身体感覚というか身体知みたいだと思った。自律神経とか内分泌系で脳が変わる可塑性って感じ。
引寄せの法則は、実践的な、感覚知、身体知のPDCA-Loopと考えている。
「気分のよい」身体感覚であろうとすると、「抵抗」を感じることがあるが、その抵抗の少なくする工夫を『試行錯誤』するようになる。
抵抗を少なくして、気分のよい感覚が維持されていると、目の前の現実の対象や現実の経験を「高く評価」しているという身体感覚がやってくる。(これの状態が「愛」と呼ばれている)。
この愛の状態が維持されると、「許容し可能になる」感覚がやってくる。可能性が開かれてやってくる感覚。「実現すれば素晴らしい状態が、ワンチャンあるぞ、これは。」みたいな感覚になる機会が増える。
「引寄せの証拠」として、なぜかこれまで人生経験の現実の予想できる展開や結末とは違った、気分のよい別の現実の展開や結末になる。
日常の些末事が、そうならば、普段願っている、仕事、お金、健康、関係、趣味、理想についても、しっかりとこのloop展開のPDCAサイクルを回せれば、実現するかもという感覚になる。
そして青天の霹靂のように、期待していたことのエッセンスが叶っている状態がやってく
る。
で、そういえばなってた!っていう感覚が3~4年の時間差でくるようになった。
ただ世間一般では「引き寄せの法則」=’実効性のないもの’だと思います。事実私もそうでした。精神論というか、根性論、バイアス。
それが今は、実際自分の望みの実現を早めたり、望みに対しての満足感が高まるから、なにはともあれ、使えばいい法則になった。
たぶん、その違いが表れたのが、独学でヴィパッサナー瞑想を5年したからだ。瞑想の違いが判らずにしていたので、引き寄せの法則と初期仏教の”仏陀の瞑想”としてのヴィパッサナー瞑想を混在して理解していたが、6年目に入ったときに、このWixのblog QuietLivingを始めようと思って、勉強し直したのがきっかけ。
仏陀の瞑想で、フラットな感覚になって、苦痛や不安が低減したり、無いと感じられる体験を習慣的にすると、日常の意識感覚で、自分の感覚をトレースできるようになる。いわゆる「戯論」が発生していない状態、(これは戯論だな)と状態になる。¥
なにに対しての戯論かというと、なんでもいい。目的はなにか?ただそれだけ。
四苦のない人生のためなら、瞑想や四諦八正道を実践すれば、ほぼ達成できる。
現世利益を肯定して現世利益を求めるなら、引き寄せの法則のほうが、相性がいい。
瞑想状態それ自体がとてもフラットでナチュラルな生理的な快であるし、
不安や恐れの生理反応に基づく苦痛を伴う「戯論」を起点とした思考や行動をしなくなる。
その状態で、引き寄せの法則とよばれている感覚知(上に上げたPDCA-Loop)を日常的に習慣化していれば、、目的志向性がより洗練され、深まる、定まる感じ。
自己や他者への低評価、否定的な評価をしなくなる、ものごとが目的志向、未来志向、建設的になる。
ありがちな量子力学との関連ではある~とか、認知科学や脳科学では~であるとか、言わなくていい。逆にややこしい。普通に使える日常スキル。
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