瞑想をはじめたのは、5年くらい前です。 ——2021 年の4月、3分間の瞑想から。
- 坂本 寛
- 5月17日
- 読了時間: 5分
更新日:6月1日
個人で整体院を開業して1年経った頃、神頼みもマインドフルネスもごちゃまぜの動機で瞑想をはじめました。5年間でわかった瞑想の効果、続けるコツ、マインドフルネスやスピリチュアルや引き寄せの法則との関係などわたしなりに判ったこと、そのままに素直に書きます。
そもそもこのサイトをつくったのは、瞑想の文章を書いておきたいと思ったからです。瞑想との自分のつき合いかたがある程度一巡したと思ったからです。いまは仕事やお金、家庭、健康などと等価な距離感を感じています。
最初は3分間の瞑想からはじまりました。
瞑想を始めたのは、自分の仕事で独立した1年後の2021年の春です。個人事業主の一人整体院で独立しました。最初は、神頼み(神仏、引き寄せ、スピリチュアルのごちゃまぜ)とマインドフルネス(ストレス低減、能力開発的なもの)を期待して始めました。とあるオンラインサロンの朝活として始まりました。
たった3分間ですが、リラックスして穏やかな気持ちになれました。
日常的に瞑想すると、心理的にも身体的にも辛さがなくなるので逃避的につかっていました。
気分がよくて、何もしない時期を過ごすことが増えると、自分の中で生き生きとしたものを感じて自分が回復してきたなぁと感じました。
そういったことを繰り返すと、仕事やお金、家族や人間関係、健康、価値観といった本質的なことに対して、自分の願望を素直に現実化したくなります。すこしずつ具体的な行動をすることが繰り返されるようになりました。
おのずと、起きる結果は自分が望む状況が増えます。もちろん、うまくいかないこともあります。痛い思いをすることもありますが、基本的には、とても良い変化がおこります。過去の自分では望んでも手に入らなかった状態に自分の人生が変わっていきました。
6年続けて感じた変化———ゆっくりと、でも確かに。
じりじりと悪くなって先があまり期待できなかった自分の人生が、ゆっくり歩くように望む良い方向に進み始めている感じ、駆け足でよくなっているような感じ、進んでいる道が変わったような感じ、たまに以前にしておいたことが、青天の霹靂のようにラッキーを運んでくるというようになりました。
思いのほか、取り返しのつかない「どうして!」というような悪いことは起きていないように感じます。ある程度許容できるレベルの災難で終わるというか。受け入れられることになります。
ざっくりと、2年目までは、
ストレス低減、穏やかな気分になれるセルフケア的。
嫌なことがあれば、やるという逃避的。
4年目までは
2年目までのことも含みつつ、願望実現、問題解決のために、英気を養う的。
自分の性格、思考の癖、ネガティブや攻撃的な部分を減らす認知行動療法的。
現在の6年目の今は、
引き寄せの法則やスピリチュアルのような神頼み的なことと
脳や自律神経などの科学的なことへの折り合いがついて、
現実的に自分のものごとを良い方向へ進めてくれるもの=瞑想という認識です。
瞑想とは?———と聞かれたとき、現時点での答え。
このサイトを作ろうと準備していた2026年4月時点の、瞑想とは?自分なりの答えが、
Relax, Reset, Refresh, Restart, Resourceful, Compass, その感覚を育む、愉しい試行錯誤の時間。
というものです。
このサイトをつくった理由——瞑想をもっとカジュアルに。
世の中の瞑想の関するサイトは、引き寄せの法則 or マインドフルネスのどちらかに割れてしまっているように思います。そして読んでてあまり愉しくないというか。
「瞑想をしています」というと、「なに宗教?」「大丈夫?」って距離をとられてしまいがちで、あまりにスピリチュアル寄りの表現は、興味がある人もあえて批判的になるのかなと思います。発信側の、願望を叶えたくて力んでいる苦しさのようなものを感じます。読んでいてこちらまで窮屈になるというか。
反対に量子力学や医学的根拠を引き合いに出して、確かなものなんだというような、瞑想に何となく興味のある人よりも、自分の信じたいものを発信している窮屈さを個人的には感じています。
まるであまり瞑想が好きではないような。もしくは、瞑想がほかのものよりもすごいという感じ。他のものが見えていないような。
わたしは瞑想そのものやその発信が、さらっと読み流しつつ、やってみたいと思える趣味本というか、もう少しカジュアルなものになってもらいたいなとおもっています。
なので、瞑想そのものを、瞑想をすることを、瞑想をしている暮しを、素のままで、普通の言葉、普通のこととして書けたらいいなと思っています。
わたしの中の瞑想観は、あなたのものと似ていますか?
わたしのなかで瞑想することは、暮らしの中において、
ひととの何気ない会話が愉しかった、
とてもよい読書や映画や音楽の視聴体験だったとか、
そういう体験にちかいです。
それがあるから、仕事も家庭も悲観せずなんか愉しいし、実際にその方向に運んでくれるという感じです。等価な距離がある。
だからこそ、仕事も家庭も結果いい方向にいったね、趣味ありがとう!みたいな感じ。
推しの感覚なのかもしれません。
結果的に、自分の人生を良い方向に運んでくれていると思っているし、脳や自律神経、身体の働きをうまく使う身体知的な要素があると思っています。
その瞑想の、
・具体的なやりかた、方法
・暮らしの中の、日常的な瞑想体験
について、わたしのケースを書いておこうと思いました。
というものです。
これきっかけで実際にサイト作りが始まりました。いままで何度もやろうとおもったけど、実現しなかったのに、今回は動き出したんですよ。
趣味のひとつとして、おもしろいですよ。瞑想は。生活の中で切り離せないですね。
コメント